
小学校4年生の8月、夏の暑い日に小学校校舎に焼夷弾が落ち、空襲で学校が焼け、暮らしていた村全体も焼け野原になりました。焼死体を戸板に乗せて運ぶ姿が今でも昨日のように思い出します。母は子供たちに食べさせたいため、自分の着物を農家の方へ物々交換に行きました。父は造船所に勤務し海軍の船を修理していましたので戦争に行かずにすみましたが、B29の飛行機雲を見ながら家々の軒先に隠れ、やっとの思いで家に着くというような生活でした。古ぼけたラジオから天皇陛下の終戦のお言葉を聞き、皆、涙を流したことを今でも忘れません。













